ウソブクタマシイ ある日の想い

 
29
 
水彩画小川

 三条通りにある小さな川。
この前に美術館への途中、写真を撮っていたのをもとに。
雰囲気の好い場所で、たまにスケッチされている方や撮影をされている方を見かけます。
僕は筆が遅いし、何よりも寒いので、
横着して写真をもとに描いたのであります。
版画と筆で描く絵は使う脳、筋肉が違うと前にも書いたのでありますが、
アクリル画と水彩画とでも違うようであります。
もうちくっと、あっさりした絵が描きたかったのに、
アクリルの癖が抜けておらんぞなもし。
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28
 
高杉晋作さん

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の最終回でありました。
幕末ものが好きなので、欠かさずに観ておったのでありますが、
脇役の配役はいい、セットはいい、撮影もいいのに肝心の主役が微妙、脚本が糞な
雰囲気だけはという判断しづらいドラマなのでありました。
このドラマの影響で、幕末の誰が好きかというランキングで、
坂本龍馬さんが1位から、ころがり落ち、
高杉晋作どんが1位になったそうであります。
このドラマの龍馬さんじゃ、やけにフニャフニャしてて何をしたか解んないんだもん。
西郷どんの扱いもあんまりでありました。
撮影にお金をかけられるNHKだけに、この出来じゃ残念ぜよ。
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27
 
上村松園展

 京都国際近代美術館で催されている上村松園展に行ってきたのであります。

上村松園「鼓の音」

 この緊張感が堪りません。当たり前ながら上手いです。
本物を前にすると空気感が素晴らしいのです。
時々、僕が描いた女性の絵を観て
「こんな女性が好きなのね」「彼女?」などと問われる方がおるのであります。
僕の方も、いい加減で、その時に思いついたことを口にしているのでありますが、
何となく、その絵にはその絵に合った人物を描いているのであります。
 ちくっと話は脱線して、制作意図などと公募の受賞の席で問われることがあるのでありますが、
僕の場合、そんなものも無いのであります。
あったとしても絵で表現しているので、それ以上のことも話せないないのであります。
 話は戻して、先の問いをした方々は、
美人画を描き続けた松園さんの絵を前にして何を思うのかいなと思った次第なのであります。
しかし、これだけの絵を描くのには、やっぱり普段から着物を着込んでいる女性にしか無理でしょう。
そういえばマグリットさんの「これはパイプではない」と題した絵に、
パイプを吸わない女性にパイプの絵は描けないやら薀蓄つけたのはフーコーさんじゃったけ、
とすると僕の絵はほとんどが何も描けていないことになるわけなのだ。

迷子の迷子の舞妓さん

 頑張んなくっちゃねっ。
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14
 
良寛庵

 昔、写真を見て描いた水彩画でありますが、多分、良寛庵であります。
立って半畳、寝て一畳とは云うものの、しかしボロであります。
良寛さんは生涯、寺を持たなかった僧であります。
僕の中では何となく一休さんと良寛さんはセットなのであります。
さん付けで親しまれている坊さんは一休さんと良寛さんだけなそうです。
京都では、東寺で月一度、催されるガラクタ市を弘法さんと呼んで親しまれておりますが、
それは弘法大師その人を指したものじゃないので却下なのであります。
抗う一休さんに受け入れる良寛さん。
剛に対する柔なのであります。火と水なのであります。
正反対に見える二人でありますが、
共通点も多いのであります。
仏教の戒律を守らなかったのがそうであります。
お二人とも酒を飲まれていたようですし(まぁ他の僧も般若湯と称して結構、飲まれていたようでありますが)
一休さんは晩年、森待者という盲目の女性と過ごし、
良寛さんは貞心尼さんと怪し気な関係になられておるのであります。
良寛さんは自分のことを「僧に非ず、俗に非ず」と言われております。
お二人とも、当時の仏門に反発を持っておられたようであります。

良寛さん

 お二人の辞世の句が、これまたらしいのであります。
良寛さんは幾つか残されておりますが、
 「うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ」
 「散る桜 残る桜も 散る桜」
一休さんは
 「濛々淡々として60年末期の糞をさらして梵天に捧ぐ」であります。
そして最後の言葉が「死にとうない」でありました。
 僕は一休さんが好いなっ。
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13
 
吹けよ風狂、一休さん

 数日前に作ったプラモデルに一休式と名付けたせいか妙に一休さんが気になりだしたのであります。
そういえば京田辺の方に一休寺があったなと行ってみることにしたのでありますが、
一休寺こと酬恩寺は今でも駅から離れ、当時、山寺だったことを偲ばせる場所にあります。
少々方向音痴の僕は不安通り道に迷ったのでありますが、
捨てる神あれば、拾う神ありで(神さんじゃなく仏さんを祀ってある所に行くんだけれど)
おばさんに道を尋ねたところ、
一休寺の檀家さんだったらしく、拝観券を頂いたのであります。
ところが好事魔多しで、
これも普段から積んでいる僕の功徳のせいだと驕っておったら再び道に迷ったのであります。
どうやら、僕は大通りを避け路地裏に引き込まれる癖があるようであります。
おまけに、お腹がゴロゴロ鳴り出したのであります。
完全に道に迷い、人気もなく周囲は竹林なのであります。
お腹からはゴロゴロの音、額からは脂汗、
追い詰められた僕は、
「わけ入つても わけ入つても 青い山」あぁ、これは山頭火だと呟きながら竹林に入り
何年か振りの野糞を垂れたのであります。
「浮んで下水に流されるよりは、しかじ竹林の肥やしとなれえ。喝!」

一休寺総門

 ようやく到着したのであります。
貧しい暮らしをされていたと思っていたのでありますが、立派なお寺であります。

一休寺方丈庭園

 紅葉の季節がらか立派なカメラをぶら下げた観光客が思っていたよりも多くおられます。
僕もカメラを構えていると、
後ろから「すみません。左に寄って下さい」と声をかけられたのであります。
振り返ると三脚を参道の真ん中におっ立てたおばさんであります。
反射的に「すみません」と参道から外れたのでありますが、
おばさんは、門の向こう側にいる、やっぱり大きなカメラを構えている人も邪魔らしく、
しばらく「すみません。退いて下さい」と声を張り上げられているのであります。
どうも、声が届いていないのか、向こうの人は退く様子がなく、
おばさんは、ぶつぶつと悪態を吐かれております。
ではでは、お先に失礼と門をくぐった僕なのでありますが、
よくよく考えれば、ここにいるのは、皆、同じ拝観料を払ったお客であります。
(僕は払っていないけど)
あのおばさんだけが、真ん中で我が物顔でカメラを構えてられる云われもないのであります。
しかも、お寺に来て、あんなに心を乱すのも莫迦なお話なのであります。

一休寺開山堂
一休寺本堂

 距離があり暗くもあったので、写真には撮れなかったのでありますが一休さんの木像がありました。
何でも一休さんが自分の髪や髭を植えつけたとか、
ちくっと気色悪いのでありますが、
坊主だからといって頭を丸めることはないという教えからだとか、
袈裟を置いて帰った話に通ずる一休さんらしい話なのであります。

一休像子どもバージョン
一休像大人バージョン

おしまい。














おまけ
一休寺水彩
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09
 
足利義満専用ザクとガンダム一休式

 時々、無精にプラモデルが作りたくなるのであります。
プラモデルの醍醐味はヤスリで削って色を塗ることだと思っているので、
今さら塗料を集めるのもなぁと躊躇していたのでありますが、
大型電気店に行った時にポイントが溜まっていたこともあって衝動買いしたのであります。
以前、粘土細工を銅像風にしようと金属色だけあったので、
適当に色分けして塗ってみたのであります。
何だか金閣寺を連想させられたので、足利義満専用ザクと名付けたのであります。
勿論、ガンダムの方は袈裟をイメージして塗り分けたガンダム一休式であります。
完成後、何だか物足りなかったので、
ダンボールで屏風を作ったのであります。

屏風絵虎

 ちくっと迫力に欠けております。
とても、屏風から抜け出してきそうでではありません。
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05
 
佐野洋子さん

 佐野洋子さんが亡くなられた。
僕は一度だけ、お会いしたことがある。
と言っても講演会とその後のサイン会でだけれども。
工藤直子さんの詩集に佐野洋子さんが挿絵を描かれていて、その本の出版記念でのことだ。
工藤直子さんが着物をめされていて、佐野洋子さんは洋服だった。
講演の内容は全く覚えていないのだけれど、
サインを書かれる時に、工藤直子さんが、
「男の方が来られるのは、めずらしいのよ」と声をかけて下さったのを覚えている。
その後に、お二人の様子を見に来られていた児童作家の今江祥智さんが
「僕も、変った人が来たなと思ったんですよ」と続けられたのだけれど、
そこで、記憶が途絶え、自分の返答を覚えていないのは、
きっと何も答えずに、へらへら笑いながら揺れていたのだろう。
緊張した時の僕は、いつもそうなのである。
はっきりと覚えているのは、その時の僕の服装である。
今江祥智さんが、変った人と言われたように、
僕は真っ赤なセーターに、やっぱり真っ赤なジーンズ、足元はロングの安全靴だったのだ。
その自分の僕は、集団に溶け込めない不安を抱えつつ、
世間に揉み込まれないように抗っていたのだ。
今なら服装なんて、表面上のことだけだと笑えるのだけれど。
その数年後、本屋で本屋に並んでいた佐野洋子さんのエッセイの題名を見て僕は唸らされた。
「ふつうがえらい」
いい題名です。あの時の僕に教えて上げたい言葉です。
佐野洋子さんが亡くなられたニュースで、谷川俊太郎さんと別れられていたのを知ったのだけれど、
佐野洋子さんは最後に、美しい白猫に会えたんだろうか?
ご冥福をお祈りします。
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