ウソブクタマシイ ある日の想い

 
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ささやく程度に終わってしまった初個展の「ささやく魂」では、あったけれど、
なになに、決して失敗ではなかったのであります。
したり顔で、失敗は成功の元なんて言う気は、さらさらないけれど、
蹴躓こうが何だろうが、前に踏み出した一歩には違いないのであります。
何よりも、今の自分の課題が見えたし、
いや、それよりも自分に向き合う事が出来たのであります。
満員御礼とは、いかなかったものの、
暖かい励ましの声を頂いたのであります。
懐は寒くても、胸はポカポカなのであります。
なーんて殊勝なことを書いたけれど、
次は、ずるく狡猾にやってみせるのだ!・・・・・・多分。
もう一歩、前へ!頑張ろっと。
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個展にあたり困ったのは、絵の値段であります。
コンテストの賞金は、主催者によってバラバラであります。
それこそ、一枚の絵が数十万になるところから、千円なんてところもあります。
個展では、それを自分で決めないといけないのであります。
何人かの先輩に尋ねたのでありますが、
個展の会場費から算出する方や、
絵の大きさによって決める人。(それに、したって基の値段があってからなのでありますが)
自分の価値を?落とさないようにと高めにつける人。
様々な答えで、さらに僕を悩ましたのであります。
僕は、元々、物の価値は持つ人が決めるものだと云う思いを持っています。
そこで、僕は価格を、欲してくれるお客さんに、丸投げしたのであります。
「絵の値段は、貴方が決めて下さい。」
ところが、それが失敗だったようで、
しり込みするお客さんに、訝しむお客さん。
ただでさへ少ないお客さんを逃し、
初個展「ささやく魂」は、儲けでも、ささやく程度に終わってしまったのであります。

     まだ、続くのか?
    22:09 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
 
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昨日のつづきなのだっ。

「貸しギャラリー、6万円」の張り紙を見た僕は、
張り紙のしてあった工芸品店に聴きに入ったのであります。
「あの~、張り紙に貸しギャラリーって書いてあるんですけど、何処にあるんですか~?」
「あっ、それ、ここの二階にあるんですよ。新しく出来たんです。」
そこで、僕の頭は、迅速かつ鋭く回転したのであります。
う~むむむむ。ここは表からは解りづらい。しかも、店の中に入らないと二階に上がれない。
しかし、6万円。他の場所の半額。他の場所で一回するのと、ここで二階する事を考えれば・・・・・・。うむむむむ。しかし、ここは入りづらい・・・・・・。しかし、半額・・・・・・。
じわじわと脳味噌の回転は、貧乏症(と言うかケチなのだなっ。)な心に緩められ、
やがて、あっけなくも止められ、その場で僕は契約を交わしたのであります。
まぁ、先に結論を書いちゃうと、その決断は失敗だっつたのだなっ。
初の個展は、ほとんど人が来なかったのであります。
こう云うのを、安物買いの銭失いと言うのであります。
看板を往来の人から見えやすくしたり、
餌を撒くように、階段に案内状の葉書きを置いたりしたのでありますが、
焼け石に水の糠に釘だったのであります。
暖簾に腕押しで、細腕繁盛記にはならなかったのであります。
      続きは、また明日なのであります。
    22:10 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
 
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個展なんぞと言うと、大層に聞こえるけれども、
実は、個展なんぞ、誰だって出来るのであります。
先立つものが、あればの話だけれどねっ。
それでも、個展を開いたと言うと箔が付く、へーンな世界なのであります。
イラストなどのコンテストで幾つかの賞を貰ったものの、何ら変る事が無く、
(仕事の依頼も、その後の繋がりも、なーんも無しなのであります。)
行き詰まり、新たな展開を期待して、
個展に踏み切ったのが一昨年であります。
京都の寺町は画廊通りであります。
この通りなら、ぶらっと僕ん所にも来てくれる人もいるだろうと、
各画廊の貸り賃を訊いて回ったのであります。
平均で12~14万円でありました。
あぁあぁあぁ、ちくっと痛いなと思いながら、いやっ、だいぶ痛いなっと、もう一回りしたところ、
「貸しギャラリー6万円!」の張り紙が目に付いたのであります。
                              
           つづくのだ。
    22:12 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
 
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残念な事に食べる楽しみを、あまり知らない。
少食で硝子の胃腸。猫舌の上に子ども舌なのであります。
食への執着心は、ほとんど無いのであります。
そんな訳で、外で飲食する場合、味よりも値段なのであります。
味よりも雰囲気なのであります。
せわしないのは嫌なので、
気が弱いくせに強情張りなので、
よくテレビや雑誌などで取り上げられる有名店などは避けたいところであります。
お洒落な店も、背中が、むず痒くなるので避けるのであります。
とある京都四条の小さな古ぼけた定食屋さん、
年齢も解らなくなったような、お婆さん一人で切り盛りしておりまして、
お腹がすいていたので、僕にしては、めずらしくカレーライス大盛りを注文したところ、
「うちのは、そんなん言わんでも大盛りやでぇー。」とお婆さん。
棚のボンカレーを取り出しまして、
澄ました顔で、調理?して持ってきたのであります。
でも、こういうのは、店の雰囲気とお婆さんのキャラクターで許してしまえるのだな~っ。
どうやら、僕に食を語る資格はないのであります。
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最近、かりんとうに取り付かれているのであります。
あの、お菓子のかりんとうであります。
子どもの頃からの好物なのでありますが、
久しく食べていなかったせいか、食べだしたら止まらないのであります。
そう言えば、子どもの頃、お菓子を食べることに口喧しかった親が、
かりんとうや甘納豆、ピーナッツなどには、比較的、緩やかだったのは、
自分達も子どもの頃、食べていたと云う安心感から来るものでしょうか。
かりんとうと云えば、何かで読んだか聞いたのでありますが、
犬の糞の放置に困っていた人が、隠れて見張っていると、
犬を連れた中年男性が歩いて来たそうであります。
でも、その男性は、糞取り様のビニール袋を提げていたので、
ちゃんとした飼い主だと思ったところ、
その親父、ビニール袋から糞を取り出し、ボリボリ食べだしたのであります。
何の事はない、糞を取るのが面倒で、袋にかりんとうを入れてカモフラージュしてたのであります。何やら情けなくなる話なのであります。
だけど、アスファルトの上で糞を踏んでしまうと腹が立ってしまうのに、
野道の糞は笑って許してしまえるような気がするのは何なんでしょう?
子どもの頃、かりんとうが好きだと言うと、上品そうなスマート?で色んな色のが入ったのを下さる近所のオバちゃんや親戚がおりましたが、
かりんとうは、断然、糞に似た黒砂糖のが美味しいのであります。
それも、なるたけ下品な太いイビツなのが美味しいのであります。
    ボリ♪ ボリ♪ ボリ♪
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以前、ワールド・アート・ギャラリーという怪しげなイベントで知り合った、
東京のケリー真美さんが、今月の19日から25日まで、
京都の四条河原町の高島屋7階手芸品売り場「ホビープレイス」で作品展をされるのであります。ポリマークレイ、シルバークレイ、ビーズといった素材を使ったアートワーク展なのであります。説明を聞いても僕にはチンプンカンプンで魔法のような作品なのであります。
是非、近郊にお住まいの興味のある方は行ってみて欲しいのであります。
僕は怠け者なので、ちくちく頑張っている人を見て刺激を受けないといけないのであります。
頑張っている人は何だか、いいのであります。

http://www2.gol.com/users/mkelly/index.htm
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どうやら、僕は人より頭の回転率が鈍いのか、
未だに子どもと大人の違いが解からないのであります。

「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」という有名な前書きで始まるのがサン・テグジュペリさんの「星の王子様」であります。
「子どもが大人になるのは、恋を卒業し愛する苦しみを知った時からだ。」なんて洒落たことを誰かが言っておりましたが、
この星の王子様、自分の星で、ちゃんと薔薇を愛して苦しんでいるのであります。
前書きの見事な作家さんと云えば、エーリッヒ・ケストナーさんがいます。
彼の有名な著作「飛ぶ教室」の前書きを紹介しましょう。
「おとなというものは、どうしてこうも、けろりと、自分の子どものころをわすれて、子どもだって、ときにはずいぶんかなしく、不幸な事だってあるのだということを、まるでわからなくなってしまうのでしょう。(中略)子どものなみだは―これはちかっていいますが―おとなのなみだより小さいというものではありません。おとなのなみだより重いことだって、いくらでもあるのです。」
はて、はて、ますます子どもと大人の違いが解からなくなってきたのであります。

どうやら、僕も心の働きは人並みなようです。
シオンの相棒、うりきち君が天国に召されちゃいました。御冥福を祈るのであります。
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昨日、テレビでスピルバーグ監督の「A.I」を観たのであります。
前評判を聞いて、ちくっと期待してたのでありますが・・・・・・。
物を書く、話を作ると云うのは、とても怖い事なのであります。
ちょっと油断すると、隙を見せると、
書き手は、創造主つまり神さんになってしまいます。
一人(この映画の場合はロボットですが)の主人公を描くのに、
何と多くの人達が見捨てられていく事か。
一人の主人公をハッピーエンド(本当にハッピーエンド?)に導くのに
何と多くの人達が不幸になっていく事か。
母に捨てられたロボット・デイビッド君を映画は追うのでありますが、
罪を背負った母は語られないのであります。
デイビット君の母親への愛を映画は追うのでありますが、
熊型ロボットのデイビッド君への愛は語られないのであります。
巷では、スピルバーグさんは、子どもの目を持った監督と云われているそうなのでありますが、
これは子供だましと言うのだよっ。
ヘンッ!これが、子どもの目なもんかっ!
などと偉そうな事を書くと、「じゃあ、お前は何なんだと?」必ず自分に返ってくるのでありまして、逃げ出す前に最後の捨て台詞、
「スピルバーグ君、ピーターパンは抗い続けるから永遠の子どもでいられるのだよっ。」
         ジェット噴射 ボーッ
    22:21 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
 
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「この髑髏よりほかに目出たきものはなし。
目出たるあなのみ残りしをば、めでたしと言ふなるぞ」
「門松は冥土の旅の一里塚馬がこもなくとまりやもなし」
なーんて詠った一休さんほどの熟慮、思想があるわけじゃないけれど、
「あけましておめでとう」と言うのが苦手なのでありますが、
そのくせに、元来の几帳面?な性格のせいで、調子者の性格のせいで、
年末になると年賀状に悩まされるのであります。
元旦にもなると、正月だからと酒を浴びるのであります。
はい。そんな訳で、ちくっと酔っているのであります。
うんにゃーぁ一休み一休み。
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