ウソブクタマシイ ある日の想い

 
29
 
朝倉文雄「翼の像」

 バンザーイ!
像はバンザイをしているわけではありません。猫大好き朝倉文雄さんの「翼の像」であります。
いよいよ東京散歩ー固まるもの編、最後であります。
タイトルの固まるものというのは、石造や銅像らのことでありました。
固まるものとしながらも、僕の心は随分ととろけさせられたのであります。

歌舞伎町ーゴジラ

 ドゥドゥドゥン♪ドゥドゥドン♪
ビルの合間のゴジラであります。
ゴジラのすぐ下にエイリアンの看板。
おそらく、このゴジラが暴れ出したら・・・・・・

ロダン「地獄の門」

 僕は、この門を訪れなくてはならないことでしょう。
ロダンの地獄の門であります。

ロダン「地獄の門」部分

 有名な「考える人」は、この「地獄の門」の一部なのであります。
そのモデルは、軽業師のそうべえさんで、後に「じごくのそうべえ」という絵本にされております。
(嘘です)

国立西洋美術館「考える人」

 単体のじごくのそうべえさん・・・・・・考える人もありました。

朝倉文雄「翼の像」

 見る前に飛ばんかい!

田中昭「華ごろも」

 ふとしたところに好い像が建てられております。
もうちくっと好い所に置いて上げて欲しいなぁーっ。
植え込みに隠れ、おまけに素足なので寂しそうに見えてしまいます。
もうちくっと足をズームしてみましょう。

ジブリ時計その1

 ほらっ、寂しそうな素足・・・・・・あれっ?
寂しそうどころか、圧倒的なこの足は・・・・・・。

ジブリ時計その2

 この男の浪漫、丸出しの歯車は・・・・・・。

ジブリ時計その5

 男の浪漫、丸出しの砲台は・・・・・・。

ジブリ時計その3

 ジブリ時計なのであります。
残念ながら、動くところは見れなかったのでありますが、
その大きさに満足して帰ったのであります。
僕の他に異国の男性が写真を撮られておりました。

ジブリ時計その4

 こうやって改めて写真を見ると、やっぱり動くところを見たかった。

ジブリ時計その6

 ではでは、しばし、さよなら東京。
また、次に会えるのはいつかな?
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    23:56 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
 
26
 
 たん♪たん♪タヌキの金玉は♪風もないのにブ~ラブラ♪
そ~れを見ていたブルドッグ♪金玉めがけて♪噛みついた♪
実は、この元歌は讃美歌なのであります。
金箔を作る際に、タヌキの毛皮にくるんで叩くとよく伸びるそうで、
金1匁(3.75g)が、8畳敷きの大きさまで延びるというところから転じて、
置物のタヌキの金玉は縁起物として巨大化していったそうであります。

柳森神社

 江戸三森と称される内の一つ柳森神社であります。
ビルの立ち並ぶ印象の強い東京でありますが、
路地を入ると意外と多くの緑を目にすることが出来るのであります。
柳森神社も秋葉原駅の近く神田川添いにひっそりと建っておるのであります。

柳森神社その2

 この柳森神社、由緒ある神社ながら、珍スポットでもあるのであります。
いや、珍スポットというよりも、金スポットと言うべきでありましょうか・・・・・・。

柳森神社-おいなりさんーその1

 子どもを抱いたキツネも珍しいんじゃないでしょうか?
表情も好いのであります。

柳森神社-おいなりさんーその2

 こちらは何を持っているんでしょう?
毬を持っている狛犬は見たことがあるけれど、先が尖っているから毬ではないなぁーっ。
ちゃんと口を閉じて阿吽になっていますねっ。

 実は見どころは、キツネではありません。

柳森神社-福寿社

 柳森神社の境内社の福寿社では、タヌキが崇められておるのであります。
キツネとタヌキが共存する珍しい神社なのであります。
そして、タヌキと言えば・・・・・・ふっふふふ。

柳森神社-福寿社ータヌキその1

 ドーン!立派な金玉なのであります。
江戸幕府5代将軍の徳川綱吉の母・桂昌院が信仰していたそうであります。
庶民の出ながら、他を抜いて(たぬき)玉の輿に乗った桂昌院にあやかろうと、
大奥の女中達はこの社を崇敬したそうであります。
女性達がこぞって、タヌキの金玉を・・・・・・。

いえいえ、この方(タヌキ)は、主役ではありません。

柳森神社-福寿社ータヌキその2

ドーン!
いや、もう、ブルドッグもビックリです。
何も、ここまで大きく作らなくても、これでは日常生活に支障がありそうであります。
しかし、このタヌキ、澄ました顔をしております。
自慢気にも見えます。
やはり、タヌキにとって、金玉の大きさはステータスなのでありましょうか。

柳森神社-福寿社その2

 地元では「おたぬきさん」として親しまれているそうでありますが、
その異様な光景を目に僕は固まるしかなかったのであります。
    22:52 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
 
25
 
 「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。
帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、 人呼んでフーテンの寅と発します。
わたくし、不思議な縁もちまして、生まれ故郷にわらじをぬぎました。
あんたさんと御同様、東京の空の下、ネオンきらめき、
ジャンズ高鳴る花の都に、仮の住まい まかりあります。
故あって、わたくし、親分子分持ちません。」

柴又駅ー寅さん像

 柴又駅に降り立つと寅さんが出迎えてくれるのであります。

柴又駅-さくささん像

 何度か訪れているのでありますが、
今春、さくらさん像が建てられたとあっては来ないわけにはまいりません。
えーっと、しかし、似ていないような・・・・・・。

2017年ー帝釈天

 帝釈天に行くなら、観光客の少ない早朝がお勧めです。
腰の曲がったお婆さんが水かけ地蔵に柄杓で水をかけ、
穏やかな表情のお爺さんが散歩する映画のままの光景が見られるのであります。

2017年-寅さん記念館その1

 寅さん記念館、今年20周年だそうで、手拭いを頂いたのであります。
おまけに、その日の一番目の客だと言うことで、記念品ボールペンも頂いたのであります。
ありがたいけど、500円のチケットで赤字になんない?

2017年-寅さん記念館その2

 以前に来た時よりも大分とリニューアルされておりました。
寅さんのパネルに「誰かいる」と、ふいを突かれてドキッとしてしまいました。

2017年-寅さん記念館その3

 労働者諸君であります。
あぁ、個展のお礼状の版画、彫らねば・・・・・・11月の二人展の版画、彫らねば・・・・・・
早く彫り終わって、僕もインクまみれになりたいものです。

2017年-寅さん記念館その4

 寅さん映画を観て、また寺や神社を訪れて、古い町並みを見て心が揺れるのは、
僕等がスピードを得ることによって、振り落されたものを、そのから感じ取るからでしょう。
ガッタンゴットン、いつか、各駅停車の電車に乗って失くしたものを拾いに行きたいものであります。

山田洋次ミュージアム-山田洋次像

 山田洋次ミュージアムも併設されておりました。
日本映画界の良心であります。

柴又駅-寅さん、さくらさん像

 帰路に着こうと振り返ったら、さくらさんが見送ってくれておったのであります。
小雨に濡れて泣かれておるように見えて、僕の足は固まってしまったのであります。
だけど、本当につらいのは、見送る者でなく、
旅立つのに取り残される者なのであります。
さくらさんなら知ってるかぁ。
男はつらいよなのであります。
    23:40 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
 
21
 
高田馬場-手塚治虫さん壁画その1

 東京とは、人の多いところであります。
ひっきりなしに電車が、やって来るというのに満員であります。
少々、申し訳ない気分になりながら、サラリーマンに混じって高田馬場へ。

高田馬場-手塚治虫さん壁画その2

 手塚治虫さんの壁画を見に行ったのであります。
宮崎駿さんは、漫画家を目指していた時期があったそうで、
手塚治虫さんの影響からの脱却に苦労されたそうであります。
宮崎駿さんは、アニメーターとしての手塚治虫さんを痛烈に批判されていますが、
愛憎、入り混じった分だけ、きつい言い回しになっているような気がするのであります。

高田馬場-手塚治虫さん壁画その3

 僕なら、似ていると言われたら、単純に嬉しいけどねっ。
(昔は、誰々の絵に似てると言われるのに反発してたけど)
忌野清志郎さんも、手塚治虫さんのファンだったそうで(漫画家を夢見たこともあったそうです)
『僕はオサムシ(手塚治虫さん)とカブトムシ(ビートルズ)の子どもです』と
素敵な言葉を残されておりました。
そしたら、僕は孫だなっ。

赤城神社その1

 高田馬場を早々に後にして、神楽坂の赤城神社に。

赤城神社その2

 うーむ・・・・・・江戸時代に流行った加賀白山犬という狛犬の再現だそうです。
ロボットのようです。漫画ぽいです。
ただ、神秘的ではありません。重厚さもありません。

赤城神社その3

 手塚治虫さんの呪縛を受けなかった漫画家として、
よく名を上げられるのが、水木しげるさんであります。
(コマワリなど影響を受けていないことはないと思うのだけどねっ)
この赤城神社は「ゲゲゲの鬼太郎」のアニメ化の際に、
その成功を祈祷した神社なのだそうであります。

赤城神社の鬼太郎お守り

 そんな訳で、ここの神社には、鬼太郎お守りが売っているのであります。
霊験あらたかでは、ありませんかっ!
しかし・・・・・・1000円かぁ・・・・・・。
両巨頭を堪能して、神楽坂をてくてく歩いていたところ

神楽坂-コボちゃん

 雨の中にコボちゃんが立っておりました。
雨に濡れて泣いているようでありました。
いや、申し訳ないけれど、僕は君には何の思い入れもないのだよっ。
    22:40 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
 
19
 
 江戸時代、幕府は商船以外の500石以上の船を禁止しておったのであります。
その商船も甲板に蓋をするのを禁止していたので、あまり大きな船は作れなかったのであります。
1853年、黒船を見た日本人は、さぞかし、その大きさに固まったことでしょう。

立会川ー坂本龍馬像

 品川区東大井の坂本龍馬像であります。
黒船にそなえ土佐藩が、この辺りに浜川砲台を備え警備に当たったそうであります。
 僕の住む京都にも、円山公園に霊山、土佐稲荷の小さい像に寺田屋、
えーっと土佐四天王像は嵐山に移転したんだったけ、
チェーン展開している居酒屋龍馬の前のは外した方がいいかぁーっ。
神戸は、龍馬さん本人じゃなくブーツの像だったけ、
鹿児島には、おりょうさんとの像、
あらら、調べてみたら、まだまだあるようです。
全国坂本龍馬像
これだけ像になっている方は・・・・・二宮金次郎さんがおるかぁ。
(歩きスマホが問題になっている昨今、金次郎さんの歩き読書は良いのかっ!)

浜松砲台その1

 何にしろ龍馬さん人気は高いようであります。
「ようこそ龍馬のまちへ」と幟が出ておりましたが、
残念なことに、今や埋め立てられ黒船どころか海の気配も感じられません。

浜松砲台その2

 少し離れた公園に大砲が置いてありました。
当時の龍馬さんは、まだ攘夷派の頃でありますねっ。
銅像は、若き日の龍馬さんとのことでありますが、
当時はまだ、月代を剃っとたんじゃなかろかね?

山内容堂さんのお墓

 そして一駅歩いたところの大井公園に憎っき山内容堂さんのお墓が建っているのであります。
うーむ、こちらに砲台を向けりゃあ、ちっと気も晴れるのにと、
僕の心の悪が呟いたのであります。
    22:10 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
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